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宇都宮地方裁判所 昭和29年(行)10号 判決

栃木県河内郡出原村大字逆面六八番地

原告

半田定一郎

右訴訟代理人弁護士

手塚敏夫

入野梅次郎

宇都宮市旭町二丁目三四二一番地

被告

宇都宮税務署長

島田邦次郎

右指定代理人法務省訟務局付検事

加藤宏

法務事務官

安部未勇

大蔵事務官

出口要二

渡辺稔

右当事者間の当庁昭和二九年(行)第一〇号更正決定取消請求事件について当裁判所は昭和三六年二月二八日終結した口頭弁論に基づいて次のとおり判決する。

主文

本件無効確認請求を棄却する。

本件取消請求については訴を却下する。

本件訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は請求の趣旨として第一次的に

「原告及び半田ミエ並びに半田キミ子の財産税課税価格の申告に対する被告の昭和二三年六月三〇日附課税価格を金一〇三万一八八一円とする更正決定処分の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」

右請求が認められないときは第二次的に

「被告が右原告等の財産税課税価格の申告に対し昭和二三年六月三〇日右課税価格を金一〇三万一八八一円と更正決定した処分中金三三万七三八九円を超える処分は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め其の請求原因として原告、原告の妻訴外半田ミエ及び原告の娘訴外半田キミ子は被告に対し昭和二二年二月一五日頃別紙財産課税価格一覧表中原告の申告課税価格欄に記載のような内容で原告等の合計課税価格を金四四万七二三七円と評価した申告書を提出した処被告から何等の通知がないので右申告が其のまま被告に認容せられたものと考えていた。ところが昭和二三年八月一六日原告が所得税のことについて宇都宮税務署に出頭した際たまたま所得税係長から原告等の財産税の申告に対しては申告額の約三倍の額に更正決定が為されている旨非公式に口頭で聞いたので驚いて之に対し取敢えず同日再審査願書を右税務署に提出しておいた。然るに右審査願に対して何等裁決の為されないまま歳月を経過していたが被告から昭和二八年六月二二日突然財産差押調書謄本を送達せられ、これによつて始めて適確に被告の為したという更正決定の内容を知ることができた。よつて原告は昭和二八年九月二八日更に改めて審査願を出したが被告はこれに対しても何等の処分をしない。要するに被告の更正決定は未だ原告に送達せられないので右決定は無効であるにかかわらず被告は前記滞納処分に出ているのであるから第一次的に右更正決定の無効であることの確認を求める。

(被告が更正決定書を原告宛発送したとすれば恐らく次のような事由のため途中紛失したものと思う。すなわち原告は昭和二一年七月頃現在所に移転したものであるが昭和二三年頃当時の原告方及び近隣の家庭に対する新聞其の他の配達物は途中の鈴木唐箕店に一括して預けて行かれた為め各自都合を見て取りに行く始末で宇都宮税務署からの書類も当時は原告方への道路が泥海同様であつた為め鈴木唐箕店に依頼して行かれたままとなり遂に原告は右書類を入手出来なかつたものである)

仮りに右更正決定が無効である旨の原告の主張が何等かの理由で採用されないとしても前示の如く右更正決定の為されたことを原告から知つたのは昭和二三年八月一六日であり、同日原告は之に対し被告宛再審査願書を提出したのに拘らず被告は之に対し未だに何等の処分をも為さないのであるから本件更正決定取消の訴の提起は起訴期間を徒過しているものではない。しかして財産税法による調査時期である昭和二一年三月三日当時の原告等の所有財産は別紙財産税課税価格一覧表中原告の主張価格欄に記載したものが真実の適正価格であつて被告の主張は誤つている。なお原告の前記申告書の記載にも一部誤りのあることを発見した。よつて次に原告と被告の主張の異なる点について説明する。

別紙財産税課税価格一覧表中

一、番号6乃至8に記載の会社に対する原告所有の出資金及び株式はすべて額面により申告せられ、被告もそのとおり認定されたが実際は無価値に等しく額面の十分の一に評価するのが相当である右記載の合資会社半田農場、株式会社聚楽園の如き法人は当時自作農創設臨時処理法によつて農業を営業とすることは不能であつたから其の出資持分株式等は無価値に等しかつたものである。

二、同2に記載の木材は原告の所有物でなく合資会社半田農場がその所有にかかる四分板約一〇石を訴外高橋重郎方に保管しておいたものを原告が自己所有物と誤認して申告したものであるから訂正さるべきものである。すなわち同会社は右木材約一〇石に同会社所有にかかる戸祭町所在の木材一五〇石乃至二〇〇石、原告の居住所在の境木など約五〇石、配給木材約一〇〇石等を加えた約三〇〇石を使用して河内郡河内村大字逆面家屋番号同所五六番家屋五棟(内訳居宅木造杉皮葺平家建二四坪、同居宅一八坪、便所木造杉皮葺平家建二坪五合、居宅木造杉皮平家一八坪、居宅木造瓦葺二階建五三坪五合一階以外一三坪七合五勺)を建築したものである。被告は原告が右21記載の材木を以つて逆面家屋番号五七番の家屋を建築したと主張するけれども、右家屋は原告が昭和二三年前記半田農場所有にかかる戸祭町所在の木材の残材、原告現住地の境木の残材及び篠井森材組合から購入した材木等合計約一五〇石で建築したもので本件課税調査時期には未だ其の利用木材は存在しなかつたものである。

三、同22に記載の成鶏五羽は前記半田農場の従業員所有にかかるものを誤認して申告したもので原告の所有物ではないからこれも訂正さるべきものである。

四、同23に記載された被告査定の貸金三〇万円は前記半田農場が昭和二〇年一〇月中訴外中里不二、同氷室新一郎、同安納ハナ等から各五万円ずつ預かつた合計金一五万と前記株式会社聚楽園から借り受けた一五万円とを併せた金三〇万円を昭和二一年二月二〇日訴外株式会社農地開発機械製作所に貸付けたものであつて原告の貸付金ではない。右は原告が右半田農場の代表社員であつた為め被告に於てこれを原告個人の貸付金と誤解したものと思われる。

五、同24に記載された被告査定の前払金一二万九〇〇〇円中九万九〇〇〇円は昭和二一年四、五月頃訴外氷室新一郎が金物商を開業するに当り其の資金として約一二万円を同訴外人に融資する趣旨で原告が直接訴外日本特殊鋼株式会社に金一二万円相当の金物を注文した処同訴外人は原告個人と原告が代表者である半田農場とを混同し同訴外人が右半田農場に貸付けた前記五万円中の金二万円を右金一二万円から差引計算した。被告はそのことを誤解して原告が訴外日本特殊鋼株式会社に金九万九〇〇〇円の前払金あるものと推定したものと思われる。前記前払金の残金三万円は前記機械製作所が前記半田農場から借用した金三〇万円の一部分三万円の返済として昭和二一年六月頃同製作所が訴外三田商店に注文して製作せしめた商品を前記半田農場に代物弁済として提供し更に之を右半田農場が訴外氷室新一郎から借用した前記五万円の残金三万円の代物弁済として同訴外人に其の所有権を移転したものを被告が誤解して原告の訴外三田商店に対する金三万円の前払金に推定し之を合せて原告の一二万九〇〇〇円の前払金と誤認して査定したものである。

六、同25に記載された被告査定の馬二頭は前記半田農場が昭和二一年三月三日当時所有していた一頭と原告が昭和二一年五月二日以後購入した一頭とを合せた二頭を被告が原告の所有馬二頭と誤認したものと思われるが原告は昭和二一年三月三日の調査時期当時馬は所有していなかつたものである。

七、同26に記載の家庭用動産については当初被告は更正決定の認定額に於て金二万〇五二七円と概算しながら本訴に於て一万円を主張しておるが、昭和二一年三月三日当時原告は戦災の為め着のみ着のままの零に等しい状態であつたのに自ら之を誤解して昭和二一年八月頃当時所有していた家庭用動産の価格金八一二二円を申告したものであるからこれも訂正さるべきものである。

八、同27に記載の食用油については原告が戦災見舞品として食用油二升を所有していたことはあるが何等油の加工業を経営したこともなく右以外に食用油を所有したこともないのにかかわらず被告がかかる大量の食用油を原告の所有物と認定した事情については全く原告の想像し得ないところである。

以上の理由によつて原告の財産税課税価格の内容を真実に一致せしめて別紙一覧表中原告の主張価格欄に記載したとおり訂正主張し原告は被告に対し国税徴収法第三一条の四但書によつて右更正決定について第二次的請求の趣旨記載のような判決を求める為め本訴を提起したものであると述べ、

立証として甲第一乃至第六号証、同第七号証の一、二、同第八乃至第一三号証、同第一四号証の一、二、同第一五号証、同第一六、一七号証の各一、二、同第一八号証の一同第一八号証の二の1乃至8、同第一九号証の一、同第一九号証の二の1乃至13、同第二〇号証の一、第同二〇号証の二の1乃至6、同第二一号証の一乃至三、同第二二乃至第二四号証を提出し、証人中里栄、同渡辺寅吉、同半田ミエ、同半田キミ子の各証言及び原告本人尋問の結果(第一回)を援用し乙第三号証の一乃至五、同第四号証、同第八号証、同第一〇号証、同第一三号証、同第一四号証の一、二の各成立を認め、同第四号証を利益に援用し、其の余の乙号証は全部不知と述べた。

被告が訴訟代理人は第一次の請求について請求棄却の判決を求め、第二次の請求について本案前の答弁として主文第二、三項同旨の判決を求め其の理由として原告及び同居の家族二名は財産税法第三七条第一項によつて昭和二二年二月一五日頃財産税の課税価格を合計金四四万七二三七円(原告の申告した各財産の価格の合計は計算上四四万七八三六円となるが之を上記金額として申告した)と記載した申告書を被告に提出したものであるが被告は調査の結果同法第四六条第一項に従つて昭和二三年六月三〇日原告に対する右課税価格を一〇三万」八〇〇円(被告の認定した各財産の価格の合計は計算上一〇〇万九七二九円〇四銭となるがこれを被告は上記金額になると誤算して査定した)と更正決定し翌七月一日之を原告に郵送し該通知書は遅くも同月三日原告に到達したものである。従つて原告の第一次請求は失当である。なお原告は右決定に異議があれば右通知を受けた日から一カ月以内に審査の請求を為すべきであつたのに(昭和二六年法律第二六三号による改正前の財産税法第五一条第一項に基づく)右期間内に審査の請求をしなかつたものであるから結局第二次的請求は訴願前置の要件を欠く不適法の訴となるので却下さるべきものである。仮りに原告が原告主張のとおり昭和二三年八月一六日前記の審査願書を被告に提出したものとするも右は法定期間経過後に為されたもので不適法であることに変りはないと述べ、

第二次的請求の本案に対する答弁として原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め原告主張事実中昭和二二年二月一五日頃原告が財産税法によつてその主張のような申告書を提出したこと、被告が原告に対しその主張の如く財産差押調書謄本を送達したこと、原告が右差押に対し昭和二八年九月二八日再審査願を被告に提出したことは認めるが其の他の原告主張事実は以下に述べる被告の主張に一致する点のみを認めて其の余は否認する。原告が被告の右差押処分について為した再審査願に対しては同年九月二八日被告は原告に対し右請求棄却の決定を通知済である。原告は昭和二二年二月一五日頃財産税法による申告義務者たる家族である同人の妻半田ミエ及び長女キミ子と連署の上別紙一覧表中原告の申告課税価格欄に記載されたような内容の申告書を被告に提出したが被告の調査願と異なつたので昭和二三年六月三〇日被告は同表中被告主張の課税価格欄記載のような内容の更正決定を為したものである。よつて以下に右一覧表中被告の更正決定価格と原告の主張価格と異なる点について説明を加える。

別紙財産税課税価格一覧表中

一、番号6乃至8に記載の原告所有にかかる株式及び出資額の時価は当該会社の決算書に基づいて会社の資産を認定し其の資産額を株数又は出資額で除して一株又は出資額一口当りの時価を算出し之に原告所有の株数又は出資口数を乗じて得た額であるから適正のものであり、原告の申告額とも一致する。

二、同21に記載の木材四〇〇石(柱二八〇石、板一二〇石)は本件調査時期当時原告に於て所有し之が保管を訴外高橋重郎方に託して置いたものである。従つて其の後原告は各訴外人方に預託した木材を利用して河内郡河内村大字逆面六八番地家屋番号同所五七番居宅木造杉皮葺平家建一棟建坪二三坪二五、倉庫木造杉皮葺平家建一棟建坪七八坪炊事場木造杉皮葺平家建一棟建坪一二坪計一一三坪二五を建築したものであるが之を石数に換算すると、普通家屋は坪当り三石を要するのでこれによれば、右家屋は木材三三九石七五となり残りの木材は別家屋の修理に使用したものである。しかして被告は右木材の品目、品種、品質等が不明確であつたので之を中級品と認定し、其の価格を杉正角(三・三寸―三・五寸×九尺―一四尺)石当り一〇六円、二八石の価格金二万九六八〇円、杉板(長さ六尺―一〇尺厚さ二、三分幅四寸)石当り九〇円、一二〇石の価格金一万〇八〇〇円として合計金四万〇四八〇円に査定したものである。

三、同22に記載の成鶏は原告の申告額を適正と認めて其のまま採用したものである。

四、同23に記載の貸金は昭和二一年二月二〇日原告が訴外株式会社農地開発機械製作所に対し金三〇万円を貸付けたものであるが本件調査時期当時未だ返済してなかつたので原告の貸金債権と認定したものである。

五、同24に記載の前払金は原告の訴外日本特殊鋼株式会社に対する前払金九万九〇〇〇円と訴外三田商店(新潟市三条町東三条駅前)に対する前払金三万円の合計金である。

六、同25に記載の馬二頭は昭和二三年当時原告は馬三頭を所有していたものであるが原告に於て本件調査時期当時は二頭であつた旨陳述したのでその時価を一頭四〇〇〇円として査定し其の合計金八〇〇〇円を認定したものである。

七、同26に記載した家庭用動産の価格は財産税法第三六条同法施行細則第一一条によれば一般財産の価格(家庭用動産以外の財産額から債務額を控除した額)が五〇万円以下の戦災者については同法第三三条乃至第三五条の規定にかかわらず一般財産価格に百分の二の割合を乗じて算出した金額となしておるが原告の一般財産価格は五〇万円以上であり、其の特別規定がなかつた。そこで原告等の一般財産の合算額のうち五〇万円について前記百分の二を適用して、その家庭用動産の価格を一万円と査定したものである。

八、同27に記載の食用油は原告が被告に提出した調査時期現在の事業用動産に関する申告書に原告所有の食用油一万〇六二〇円と記載されていたので其のまま其の記載価格を是認したものである、と述べ、

立証として乙第一号証の一、二、同第二号証の一、同第二号証の二の、1、2、同第二号証の三乃至九、同第三号証の一乃至五、同第四乃至第一三号証、同第一四号証の一、二を提出し、

証人渡辺寅吉、同中里栄、同宇賀地太美雄、同鈴木忠、同福武保治、同三沢寛、同猪瀬勘一の各証言を援用し、

甲第三号証、同第五、第六号証、同第七号証の一、二同第九乃至第一三号証、同第一五、第一六号証、第一七号証の一、二の各成立を認め其の余の甲号各証は全部不知と述べた。

当裁判所は職権によつて原告本人尋問(第二回)を為した。

理由

昭和二二年二月一五日頃原告が財産税法第三七条第一項に基づいて同人の家族である妻ミエ及び長女キミ子と連署の上昭和二一年三月三日午前零時(調査時期)に於ける同人等の財産として別紙財産税課税価格一覧表中原告の申告課税価格欄記載のような内容によつて其の課税価格の合計金を金四四万七二三七円と記載した申告書を被告に提出したことは当事者間に争いがない。右争いない事実と証人渡辺寅吉同中里栄同福武保治同三沢寛の各証言及びその方式と趣旨により公務員がその職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定せられる乙第一号証の一並びに弁論の全趣旨とを綜合すれば右原告等の申告に対し被告が昭和二三年六月三〇日原告等の財産税の課税価格をおおむね別紙一覧表中被告主張の課税価格欄に記載のような内容(原告所有の財産の種類は被告主張のとおりであり、価格の点においても大体は被告主張のとおりである。唯、原告所有の家庭用動産の認定価格が本訴において被告の主張する一万円であつたか原告主張の二万〇五二七円であつたかははつきりしないで其の合計金を金一〇三万一八〇〇円と更正決定した事実を認めることができる。

よつて進んで右更正決定処分の通知書が原告に到達したかどうかの点について考えてみるに、

(一)  証人渡辺寅吉の証言により成立を認め得る乙第一号証の二と同証人の証言及証人三沢寛の証言とを綜合すれば原告等に対する前記更正決定は昭和二三年六月三〇日宇都宮税務署に於て最後の第四次決定として他の約五〇名の同種納税義務者等の分と一緒に決定されたのであるが該決定通知書は一括して全部同時に同署直税課財産税係企画主任から同庶務課徴税係に廻付され、同係に於て右納税義務者等に対する所定事項を歳入徴収官徴収簿(乙第一号証の二)に記入した上納税告知書を作成して之に右更正決定通知書を同封し、その封筒を一括して昭和二三年七月一日同署総務課に廻付した事実、同総務課に於ては通常徴収係から一括して廻付された書類は其のまま即日納税義務者等へ発送するのか例である事実、及び原告を除く前記約五〇名の納税義務者等に対する更正決定通知書等はいずれも昭和二三年七月一日右総務課から右納税義務者等に発達せられて其の頃全部完納されておる事実などを認めることができるので他に特段の事情の認められない本件に於ては原告に対する前記更正決定通知書も昭和二三年七月一日当時右約五〇名の納税義務者等に対する分と共に原告に宛郵送せられたものと認定せざるを得ない。

(二)  然るに証人半田ミエは昭和二一年頃から同二五年頃迄は原告方への郵便物は約半分以上配達人が途中の鈴木唐箕屋に預けて行かれて原告方の者が右唐箕屋へ取りに行つた旨供述し、原告はその本人尋問(第一、二回)に於て原告は昭和二一年七月頃現住所に移転したものであるが県道から原告方へ通ずる長さ約二二〇間の道路は昭和二四年頃迄の間は曲つた、雨水や水田の水が押し流れる悪い道路であつた為め冬期及び雨期に於ては新聞は勿論郵便物等も大抵途中の鈴木唐箕屋に預けて行かれ原告方の者がそれを取りに行く状態であつたので郵便屋に直接原告方へ配達してくれるよう抗議したこともあるが当時はなかなか右抗議を受け入れてもらえなかつた。右の様なルーズな状態であつたので本件問題の通知書は途中紛失して原告に到達しなかつたのではないかと思う旨供述しておるけれども右各供述は証人鈴木忠同宇賀地太美雄同猪瀬完一等の各証言に照してたやすく措信できず、却つて証人鈴木忠の証言によれば昭和二三年頃の一月から三月頃迄の雪どけ道の悪るい時に一、二回原告方への郵便物を預かつた程度であることが認められ、成立に争いのない乙第一四号証の一、二及証人宇賀地太美雄の証言によれば同証人は原告方区域の管轄郵便局長であるが昭和二三年頃同区域内で郵便物が遅配された報告を受けたことはなく、当時宇都宮市内で投函された郵便物は遅くも三日目の午後迄には逆面部落の受取人に配達されるのを例としていた事実が認められる。

(三)  原告本人尋問の結果(第一、二回)及び証人三沢寛の証言とを綜合すれば原告等が昭和二三年八月一六日被告宛に甲第四号証の再審査願を提出した事実を認めることができる。しかして右再審査願の内容と前記認定にかかる被告の更正決定の内容殊に財産の種類及び原告等の申告書の内容とを比較して考えれば原告の提出した右再審査願は財産税法第六三条に基づいて課税価格更正に関する被告の書類を閲覧した後でなければ作成することができない書類であるものというべきところ、原告はその本人尋問、殊にその第二回目に於て原告等の申告が更正されたのを原告が知つたのは右書類を作成提出したその日であるが同日原告は更正決定に関する書類は何にも見ず、同更正決定の内容の詳細を税務署員に尋ねたところ答弁を拒絶せられた旨詳細に供述しており、原告提出の訴状及び昭和三〇年三月二五日付(同月三一日陳述)昭和三三年一〇月二七日付(同年一二月一八日陳述)の各準備書面にもほぼ同趣旨の記載がある。

しかして右(一)乃至(三)に説明するところを綜合して考えれば被告の前記更正決定通知書は遅くも昭和二三年七月五日までには原告に到達したものと認めるのが相当であり、右通知書が原告に到達しない旨の原告本人の各供述は措信できず他に右認定を動かすべき証拠は存在しない。

そうすれば本件更正決定処分の無効でないことは多言を要しないからこれが無効確認を求める原告の第一次請求を理由がないとして棄却すべく、次に第二次の取消の請求については原告が昭和二三年八月一六日被告に提出した原告再審査願は一カ月の期間を徒過した後に提出されたものというべく、之に対し被告が何等の裁決をもしなかつたのは勿論適当ではなかつたというべきであるが、その為め右期間を徒過して提出された前記再審査願を前置とする本訴を適法ならしめるものではない。従つて原告の本訴は結局訴願前置の要件を欠くこととなり不適法の訴であること明らかであるからこれを却下すべきものとする。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内田初太郎 裁判官 広瀬賢三 裁判官 奥村誠)

昭和二一年三月三日午前零時(調査時期)に於ける財産税課税価格一覧表

納税義務者半田定一郎分

〈省略〉

同、同居者半田ミエ(定一郎の妻)分

〈省略〉

同、半田キミ子(定一郎の長女)分

〈省略〉

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